インタビュー

INTERVIEW

aoba violin class 渡邉さん〈前編〉
【教室立ち上げの背景】自分を探す、あてのない旅

第2回はバイオリン教室「aoba violin class」を主宰し、
ご自身も音楽活動をされている渡邉 佳奈子さんにお話を伺いました。
全3回でお届けします。

aoba violin class 渡邉さん〈前編〉【教室立ち上げの背景】自分を探す、あてのない旅

「今考えると覚悟が足らなかった…。

やめたくて仕方がなかった5年間、自分が弾く理由を探していました。」

 

――渡邉さんは東京音楽大学在学中からフジテレビドラマ『のだめカンタービレ』のだめオーケストラメンバーとしてドラマや演奏会へ出演されるなどの経歴をお持ちですが、現在はどのような活動をされていますか。

普段は青葉区・緑区・都筑区でバイオリン教室「aoba violin class」を主宰しています。生徒は年中さんや年長さんなど、4、5歳くらいの未就学児のお子さんが多いですね。平日の日中は非常勤で学校の音楽の授業を担当したりもして、週5回フル稼働しております!学校での勤務を終えたらバイオリン教室の業務に入ります。自分が主宰となって教室という形で仕切りなおしてスタートしたのは約2年前くらいですね。次女を出産するときだったので、2016年の3月頃でした。

aoba violin class HPより)

――元々は学校の先生をされていたのですか。

大学卒業後の1年はフリーで音楽活動をして、そのあと地元・福島に戻って教員をスタートしました。途中引っ越しや長女の産休・育休とかありますけど、5年ほど。元々、教師を引退したら実家のある福島に帰って教室を開きたいなと思っていました。でも帰らなかった。早くに父を亡くしていたのですが、実家の母も亡くなって帰る理由がなくなってしまったというのが大きな理由でした。
それから、その頃勤めていた学校がちょっぴりハードな環境で、こだわって学校の現場にいたいって思っていたのに本当に厳しい状況になってしまったんです。ストレスで声は出なくなるし、10円ハゲはできるし重傷で。妊娠したというのもありましたが、1度学校教育から離れようかなと。であれば、ずっと温めてきた教室をやってみようと思ったんです。母がせっかくつけてくれた技術をこのまま眠らせてしまっていってはいけないなという思いもありました。

――そもそもバイオリンを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

同世代の子達に慣れることを目的に母がカワイの音楽教室の幼児クラスに入れてくれたんですね。幼児クラスを卒業するとピアノ科に進む子が多いところを、なぜかバイオリンクラスに進んだらしいんです。きっと母のあこがれが大きかったんだと思うんですよ。母は音楽の「お」の字もない人だったのですが、子供の頃に隣県までクラシックのコンサートに連れていかれたこともありました。
教える側になって改めて感じるのですが、お稽古というのはお家の人との関わりがもう本当に大きい。お家での練習とか、レッスンに通う送迎も、お月謝もそうですし。私の場合、そういうところでずっと支えてくれてたのは母でした。受験となるとまた違ったサポートが必要となりますしね。

――受験というと、上京されたのは大学入学の時ですか。

都内の音楽高校を受験したので、高校から上京して寮に住みました。受験を決意したのがすごく遅かったので、中学校3年生は半分学校に行かないで練習していました。夏休み明けは毎日早退で1日8時間練習。それでも間に合わないといわれるくらい劣等生だったんです。


――
劣等生というのは意外です。福島で教員になったのはどういう経緯なのでしょうか。

ドラマ『のだめカンタービレ』にかかわったのは学生の頃のことで、大学卒業後の1年は都内でフリーとして活動しました。スタジオミュージシャンや音楽番組とかでバックをやるような人です。まあ向いてなくて、まあ向いてなくて…。(苦笑)  今考えると覚悟が足りなかったんです。人のご縁でつながっていくお仕事なので、来月お仕事あるかなとか、家賃どうやって払おうかなとか。バイトすればシフトがあって、お仕事の依頼が来てもどちらにも迷惑がかけられない。もう本当にそういうのが辛くなってきてしまって。それで定職に就くことを考えたとき、教育実習で「教える」ということがすごく楽しいな、好きだなっていう思いがあったので教育の世界に飛び込みました。

レッスン中のひとコマ


――
フリーで活動される際、目標や目指すところがあったのですか。

そこがね、無かったんですよ。学生の時に『のだめ』のメンバーに入れていただいたところで、目の前にあるお仕事をやるので精いっぱい。元々オーディションを受けたのも当時ヒット中の漫画がドラマ化するからと人づてに聞いて、なんか楽しそうだなって思ったからでしたし。やっぱりコンクールやオーディションでの実績だったり、何か‟箔”が欲しいというか。出て名前を売ってなんぼみたいなところがあったので、出れるものがあるならとにかくやってみようとチャレンジしたんです。後からマンガ読んだらおもしろいじゃんと。本当に失礼な話なんですけれど、そんな感じでした。もう、そもそも第一志望の高校に入れなかったところから、バイオリンをやめたくてやめたくて仕方がなかった5年間(大学付属校入学~大学2年頃まで)なんです。それで本当に弾きたくなくて、やめたくてっていうところから、自分が弾く理由をたぶん探していたんだと思います。

 

――高校(大学一貫校)の入試で挫折を経験されて、そこから5年となると長い道のりですね。

そうなんです。バイオリンを習っていることで田舎では「すごいね」といわれもしますが、入ったら楽器が弾けるのが当たり前。それが、自分より弾ける人がいるのもそれはもう当たり前という世界に来た時に、なぜ自分がバイオリンを弾いているのか分からなくなっちゃったんですよね。入学することが目的になってしまって、その先にどうするっていうところがなかった。もちろん母もその世界に関しては素人ですし。そして高校入学と同時に親元を離れて、という状況でいろんな要因で、迷走してしまったという感じです。

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